資治通鑑漢紀二十一 孝元皇帝下 永光 三年 前41年
春から冬の朝廷人事と皇族の動き
- 春二月、馮奉世が京師に帰還し、改めて左将軍となり、関内侯の爵を賜った。
- 三月、皇子の劉康を済陽王に立てた。
- 夏四月、平昌考侯の王接が死去した。諡号の「考」には、思慮が深く行いが正しいという意味がある。
- 秋七月、平恩侯の許嘉を大司馬・車騎将軍とした。
地震と財政対策
- 冬十一月、地震があり、大雨も降った。
- 朝廷は塩鉄官を復活させ、博士の弟子員千人も再設置した。
- これは国家財政が不足し、民間で免除や減税の措置が多くなって租税収入が減り、内外の徭役費用を賄えなくなったためであった。