冬十二月 雷と長雨
秋九月 薄皇后の廃位
- 景帝が太子だったころ、薄太后の意向で薄氏の娘を妃とし、即位後は皇后としたが、寵愛はなかった。
- 秋九月、皇后薄氏は廃された。
楚王礼の死
王夫人・栗姬・長公主と太子交替への伏線
- もと燕王臧荼の孫娘である臧児は、最初槐里の王仲に嫁して信と二女を生み、のち長陵の田氏に再嫁して蚡・勝を生んだ。
- 臧児は占いで二女が貴くなると告げられ、長女を金王孫から引き離して太子宮へ入れた。これが王夫人で、のちに劉徹を生んだ。王夫人は懐妊中に日が懐に入る夢を見たとされる。
- 当時の皇太子は劉栄で、その母の栗姬は斉出身だった。長公主嫖は自分の娘を太子に嫁がせようとしたが、栗姬は後宮の美人たちが長公主の取り持ちで帝に近づくことを憎み、これを拒んだ。
- 長公主はそこで劉徹の側につき、王夫人に娘を嫁がせる約束を取りつけたうえ、日々栗姬を讒言し、王夫人を褒め立てた。景帝も王夫人とその子を良しとし、太子交替の構想が芽生えた。
- 王夫人は景帝が栗姬を恨んでいるのを見て、ひそかに人を使い、大行に栗姬を皇后に立てるよう奏請させた。景帝は「そのようなことをお前が言うべきか」と怒り、その大行を処刑した。