資治通鑑漢紀八 孝景皇帝下 中元三年 前147年

冬十一月 諸侯国の官制整理

  • 諸侯国に置かれていた御史大夫官を廃止した。

春三月・夏四月 地震と禁酒

  • 三月、皇子の乗を清河王に立てた。
  • 夏四月、地震があり、旱害のため酒の販売を禁じた。

秋 蝗害・彗星・日食

  • 秋九月、蝗が発生し、西北に彗星が現れた。
  • 晦日に日食があった。

周亜夫失脚の背景

  • 景帝が栗太子を廃した時、周亜夫は強く反対したため、景帝はこれ以来、亜夫を疎んじるようになった。
  • 梁孝王も、以前の遺恨から、朝見のたびに太后へ周亜夫の短所を言い立てた。
  • 竇太后は、皇后の兄である王信に侯爵を与えるよう求めた。景帝は、先帝の時には外戚の南皮侯・章武侯すらすぐには侯にしなかったと弁解したが、太后はなお強く望んだ。
  • 景帝が周亜夫と相談すると、亜夫は高祖の約法として、劉氏でなければ王にしてはならず、功がなければ侯にしてはならない、王信には功がないときっぱり反対した。景帝は黙って引き下がった。
  • その後、匈奴の王徐盧ら六人が降ると、景帝は彼らを侯にして帰順を勧めようとしたが、周亜夫は主君を背いて降った者を侯にすれば臣下の節義を責められなくなると反対した。景帝は聞き入れず、全員を列侯に封じた。
  • これで周亜夫は病と称して辞職し、九月、免相となった。御史大夫の桃侯劉舎が後任の丞相となった。