資治通鑑秦紀 始皇帝 二十年 前227年
荊軻の暗殺未遂
- 荊軻は秦王の寵臣・蒙嘉を通じて謁見を願い、秦王は礼服を着け、九賓の礼を整えて迎えた。九賓については、九等の賓客を指す説と、九人の取次役を指す説とがある。
- 荊軻が燕の地図を広げ終えると、隠していた匕首が現れた。荊軻は秦王の袖をつかんで刺そうとしたが、秦王が立ち上がったため袖がちぎれた。秦王は柱の周囲を逃げ、突然の事態に驚いた群臣は対応できなかった。殿上で武器を携えることを禁じる秦法も、混乱を大きくした。
- 側近たちは素手で荊軻に立ち向かいながら、秦王に背中の剣を抜くよう叫んだ。秦王はようやく剣を抜き、荊軻の左腿を斬った。動けなくなった荊軻は匕首を投げたが、秦王には当たらず銅柱に命中した。
- 荊軻は、秦王を生け捕りにして燕太子丹との盟約を結ばせようとしたため失敗したのだ、と罵った。秦王は荊軻を四肢に分断してさらし者にした。
燕への報復
- 激怒した秦王はさらに兵を送り、趙方面にいた王翦の軍と合流させて燕を攻撃した。秦軍は易水の西で燕・代の連合軍を大破した。