資治通鑑秦紀一 始皇帝上 十四年 前233年
趙への進攻継続
- 桓齮は再び趙を攻め、宜安・平陽・武城を取った。
韓非、秦に来て死す
- 韓王は領地を差し出して璽を奉り、秦の藩臣となることを願って、韓非を秦へ派遣した。
- 韓非は韓の公子で、刑名法術の学に長け、以前から韓の衰弱を憂えて諫書を重ねたが用いられず、『孤憤』『五蠹』『内外儲』『説林』『説難』など多数の著作を著していた。
- 秦王はその賢名を聞いて会見を望み、韓非も上書して、もし策を用いれば合従を破り、諸侯を臣従させ、覇王の名を成せると説いた。
- 王はこれを喜んだが、まだ任用には至らなかった。そこへ李斯が嫉妬し、「韓非は結局は韓のために働く。長く留めて帰せば必ず後患となる」と讒言した。
- 王はこれを是とし、韓非を獄に下した。李斯は人を遣わして毒を送り、自殺を促した。
- 韓非はみずから弁明しようとしたがかなわず、のちに王は悔いて赦免しようとしたものの、すでに死んでいた。