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資治通鑑
秦紀一 始皇帝上 十八年 前229年
井陘方面からの趙攻め
王翦が上地の兵を率いて井陘へ下り、楊端和は河内の兵を率いてこれに合流し、ともに趙を攻めた。
趙では李牧と司馬尚がこれを防いだ。
郭開の讒言と李牧の死
秦は趙王の嬖臣郭開に多額の金を贈り、李牧と司馬尚が反逆を企てていると中傷させた。
趙王はこれを信じ、趙葱と斉将顔聚を後任に任じた。
李牧は命令を受けようとしなかったため、趙は彼を捕らえて殺し、司馬尚も罷免した。
こうして趙の最後の支柱が失われた。
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