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資治通鑑
周紀四 赧王 二十三年 前292年
楚襄王、秦と婚姻
楚の襄王は秦に赴いて妻を迎えた。
司馬光は、父の懐王を死に追いやった秦に対して、その子がなお婚姻を結ぶのは楚の弱さの表れだと厳しく論じる。
あわせて荀子の議論を引き、国の大小よりも道義と人材こそが国家安危の根本だとする。
秦の宰相交代
秦では魏冉が病を理由に辞職し、客卿の燭寿が丞相となった。
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