資治通鑑周紀二 顯王 十四年 前355年

田猟の会見と「宝」の問答

  • 斉威王と魏恵王が郊で田猟をともにした。
  • 恵王が斉にも宝があるかと問うと、自国には車十二乗の前後を照らす径寸の珠が十枚あると誇った。
  • 威王は、自分の宝は珠玉ではなく人材であると答えた。
  • 檀子を南城に置けば楚は侵略できず、泗上の諸侯が来朝するという。
  • 盼子を高唐に置けば、趙は東で黄河漁撈すらできず、黔夫を徐州に置けば燕は北門、趙は西門に祭って福を祈るほど恐れ、七千余家が移住して従ったという。
  • さらに種首が盗賊を防げば、道に落し物もないという。
  • こうした臣下こそ千里を照らす宝であり、珠玉とは比べものにならぬと言われ、恵王は恥じ入った。

秦・魏の会見と魯の君主交代

  • 秦孝公と魏恵王は杜平で会した。
  • 魯の共公が死に、子の康公毛が立った。