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資治通鑑
周紀二 顯王 十九年 前350年
商鞅、咸陽を整備
秦の商鞅は咸陽に宮城と門闕を築いた。
さらに父子兄弟が同室で寝起きする旧俗を禁じた。秦には戎狄風の家族習俗が残っていたためである。
小さな郷や聚落を統合して県を設け、令・丞を置き、全部で三十一県とした。
井田制を廃し、田地の境界と道路を開いて私的耕作を認めた。
また斗・桶・権衡・丈尺など度量衡を統一した。
秦と魏の会見・趙の内紛
秦と魏は彤で会した。
趙の成侯が死に、公子緤が太子と王位を争ったが敗れ、韓へ亡命した。
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