商鞅の対魏戦略
- 衛鞅は秦孝公に、魏は秦の腹心の病であり、魏が秦を併呑するか、秦が魏を併呑するかの関係だと説いた。
- 魏は山東の利益を独占し、安邑に都して黄河を境に秦と接し、利あれば西侵し、苦しければ東で勢力回復できる位置にある。
- しかし先年の斉との戦いで魏は大敗し、諸侯にも離反されている。今こそ攻めれば魏は支えられず、東へ都を移すだろう。その後、秦は河山の険に拠って諸侯を制せる、これこそ帝王の業だと進言した。
- 孝公は従い、衛鞅に兵を授けて魏を攻めさせた。
公子卭を欺く
- 魏は公子卭を将として迎撃させた。
- 両軍が対峙すると、衛鞅はかつて親交のあった公子卭に書を送り、両国の将として戦うのは忍びない、一度面会して盟を結び、楽しく酒を飲んでから兵を解けば秦魏の民も安らぐ、と誘った。
- 公子卭はこれを信じて会盟したが、酒宴の最中に衛鞅が伏兵を出して卭を捕え、そのまま魏軍を急襲して大破した。
魏の遷都と商君封爵
- 魏恵王は恐れ、河西の地を秦に献じて和を請うた。
- さらに安邑を捨てて大梁へ遷都し、以前に公叔が衛鞅の登用を勧めたのを用いなかったことを悔いた。
- 秦は衛鞅を商於十五邑に封じ、商君と号させた。
諸国の動き
- 斉と趙は魏を攻めた。
- 楚の宣王が死に、子の威王商が立った。