資治通鑑周紀一 烈王 六年 前371年
斉威王が周を朝す
- 斉威王が周に来朝した。当時、周室はすでに衰えて諸侯の来朝はほとんどなかったため、斉威王だけが礼を尽くしたことから、天下はその徳をいっそう称賛した。
趙・魏・斉の戦い
- 趙が斉を攻め、鄄まで進んだ。
- 魏は懐で趙軍を破った。
斉威王の賞罰
- 斉威王は即墨大夫を呼び、「君が即墨を治めて以来、悪評ばかりが届くが、実地に見れば田野は開け、人民は充足し、官府も安定している。君が左右に取り入らなかったからこそ中傷されたのだ」として、万家の封を与えた。
- 次いで阿大夫を呼び、「誉め言葉ばかり届くが、実際には田野は荒れ、民は貧しく、趙が鄄を攻めた時も、衛が薛陵を奪った時も何もしなかった。左右に賄賂を贈って評判を買っていたのだ」として、その場で阿大夫と、彼を褒めていた側近たちを釜ゆでにした。
- これ以後、群臣は震え上がり、虚飾をやめて実情を尽くして報告するようになり、斉はよく治まり、天下に強国として知られるようになった。
楚・宋の君主交代
- 楚の粛王が死んだ。子がなかったため、弟の良夫が立ち、宣王となった。
- 宋の辟公が死に、子の剔成が立った。