資治通鑑周紀一 烈王 七年 前370年

日食

  • 日食があった。

周王の交代

  • 烈王が崩じ、弟の扁が立った。これが顕王である。

魏の内乱に韓・趙が介入する

  • 魏の大夫王錯が韓へ奔った。
  • 公孫頎は韓の懿侯に、魏の混乱に乗じて攻め取るべきだと勧めた。
  • 懿侯は趙の成侯と兵を合わせ、濁沢で魏軍を大破してその都を包囲した。
  • 趙成侯は、魏罃を殺して公中緩を立て、土地を割かせて退けば二国の利益になると主張した。
  • しかし韓懿侯は、君を殺すのは暴、土地を貪るのは不義であり、むしろ魏を二分して弱国にしてしまうのがよいと考えた。
  • 趙はこれに従わず、韓は不快になって夜のうちに軍を引いた。趙もまた撤退し、その後、罃が公中緩を殺して立った。これが魏恵王である。
  • 司馬遷は、魏が滅亡も分裂も免れたのは、韓趙の策が一致しなかったためだと評している。