西漢演義第四十七回 廃丘を水攻めにし、三秦はことごとく定まる (淹廢丘三秦悉定)
水攻めによる廃丘陥落
- 負傷し廃丘に籠城した章邯を、韓信は力攻めせず水攻めの計を立てる。曹参に命じて城外を流れる川を土嚢で堰き止め、逆流させて城を水没させる。章邯は水勢に驚き、家族を連れて北門から桃林へ逃走する。韓信は水を制御した後、廃丘に入城し漢王を迎える。近隣郡県も次々に帰順する。
董翳(翟王)の降伏
- 中秦の翟王董翳、塞王司馬欣は救援を項羽に求めるが間に合わず、韓信軍は櫟陽の董翳軍を破る。将の耿昌は戦死、董翳自身も包囲され降伏する。韓信は董翳を厚遇し、同郷の誼で塞王司馬欣に降伏を勧める書状を書かせる。
司馬欣の抵抗と樊噲の計略
- 司馬欣は董翳の勧降状を破り捨て使者李芝を拘束、逆に樊噲を生け捕ると豪語して出兵する。韓信は樊噲に策を授け、樊噲は董翳の子・董式を人質に見せかけて偽装投降し、司馬欣の油断を誘う。
- 董翳が挑発に出て司馬欣を城外に誘い出したところで、樊噲が正体を明かして司馬欣を捕らえ、先鋒の劉林・王守道も敗れて降伏し、高奴も陥落する。
三秦平定
- 韓信は司馬欣を許し旧職のまま漢に仕えさせ、櫟陽・高奴の平定を漢王に報告する。漢王は廃丘・櫟陽を経て高奴へ向かい、韓信と合流して咸陽奪還を図るところで終わる。