三國演義第一百一十九回 偽りの投降の巧計は虚しい話となり、再びの受禅は前例をなぞるのみ (假投降巧計成虛話  再受禪依樣畫葫蘆)

鄧艾の捕縛と鍾会・姜維の陰謀露見

  • 鍾会は衛瓘を使って鄧艾父子を捕らえさせ、その軍を接収して権勢を強める。姜維は鍾会に司馬昭からの独立・反乱を焚きつけ、郭太后の遺詔を偽って諸将に決起を迫る計画を進める。
  • 諸将を宮中に軟禁して脅すが、監視役の丘建を通じて計画が漏れ、胡烈の子・胡淵らが反撃。鍾会・姜維は反乱の最中に討たれ、姜維は志半ばで自刃する(鄧艾・鍾会・姜維それぞれの死を悼む詩が続く)。
  • 混乱の中で鄧艾も護送中に殺され、蜀漢の太子劉璿・関彝らも命を落とす。

後主の洛陽移送と「此間楽、不思蜀」

  • 後主は洛陽に移され安楽公に封じられる。宦官黄皓は処刑される。
  • 司馬昭主催の宴で蜀の音楽に涙する旧臣をよそに、後主だけは無邪気に喜び、「この地は楽しく蜀を思わない」と発言。郤正の助言で取り繕おうとするも見え透いてしまい、かえって司馬昭に警戒心を解かせる有名な逸話が語られる(詩でその暗愚さを評す)。

魏晋交代

  • 司馬昭は晋王となり、子の司馬炎を世子に立てる。まもなく司馬昭は病没し、司馬炎が後を継ぐ。
  • 司馬炎は魏帝曹奐に禅譲を迫り、諫めた張節を殴殺させて圧力をかけ、ついに禅譲の儀式(受禅台)を行わせて魏を滅ぼし、晋を建てる(詩でこの顛末を評す)。