三國演義丁奉は雪中に短兵を奮い、孫峻は席間に密計を施す(第一百零八回   丁奉雪中奮短兵   孫峻席間施密計)

姜維撤退と司馬懿の死

  • 連弩により司馬師軍は大損害を受け撤退。麴山の蜀将句安は援軍来ずして降伏し、姜維は漢中へ退く。
  • 司馬懿は病没し、子の司馬師・司馬昭に国政を託す。司馬師が大将軍、司馬昭が驃騎上将軍となる。

孫権の死と諸葛恪の専権

  • 呉では後継争いの末、孫亮が帝位に就く。孫権が没し(詩でその功業を讃える)、実権は諸葛恪に集中する。

東興の戦い

  • 司馬師は孫権の死に乗じて呉侵攻を決断、三路から大軍を送る。呉の丁奉は寡兵で東興を守り、雪中の奇襲で油断していた胡遵の陣を急襲、魏軍を大敗させる。

諸葛恪の新城攻めの失敗

  • 勝利に乗じ諸葛恪は魏への大遠征を強行するが、不吉な兆し(白気)を警告した部下を斬るなど専横を強める。
  • 新城攻めは守将張特の偽りの降伏交渉に欺かれて長期化し、猛暑と疫病で兵は疲弊。撤退時には毌丘儉の追撃も受けて大敗し、諸葛恪の権威は失墜する。

諸葛恪の粛清と暗殺

  • 帰国後の諸葛恪は自らの失策を隠すため政敵を粛清し、恐怖政治を敷いて孫峻の兵権も奪おうとする。
  • 孫峻は太常滕胤と結んで幼帝孫亮の許しを得、宴席に諸葛恪を招いて謀殺する計画を実行。不吉な予兆(幻影・血の匂いなど)が続く中、諸葛恪は宴に赴き、孫峻に斬殺される。一族も皆殺しにされる。
  • 孫峻が丞相・大将軍として実権を握る。

姜維、再び北伐へ

  • 諸葛恪からの共同出兵の要請を受けていた姜維は、後主の許可を得て再び北伐の兵を起こす。