三國演義第七十五回 関雲長は骨を刮り毒を療し、呂子明は白衣にて江を渡る (關雲長刮骨療毒 呂子明白衣渡江)
関羽の負傷と抗戦継続の意志
- 関羽は右腕の矢傷が悪化するが、樊城攻略を優先し撤退を拒む。
華佗の治療
- 名医・華佗が来訪し、毒が骨まで達していると診断。麻酔器具も使わず、関羽は酒を飲み馬良と碁を打ちながら骨を削る治療を平然と受け、周囲を驚かせる。
- (詩:関羽の胆力と華佗の医術を讃える内容)
- 治療後、華佗は謝礼を固辞して去る。
曹操の動揺と徐晃の派遣
- 于禁の敗北・龐徳の死の報に曹操は遷都まで考えるが、司馬懿の進言で東呉に密使を送り、関羽の背後を突かせる策に転じる。徐晃を将として樊城救援に向かわせる。
呂蒙・陸遜の荊州奪取策
- 孫権は曹操の申し出に応じつつ、呂蒙の進言で荊州襲撃を計画するが、烽火台の備えを見て呂蒙は策を練り直す。
- 陸遜の献策で呂蒙は仮病を使って辞任し、無名で関羽に警戒されない陸遜が後任となる。陸遜は関羽におもねる書状を送って油断させ、関羽は荊州の兵の大半を樊城へ引き抜く。
荊州の陥落
- 陸遜の報告を受け、孫権は呂蒙を総司令として出陣させる。呂蒙は兵を商人に偽装させ白衣を着せて船に潜ませ、烽火台の兵を欺いて捕らえ、無血で荊州城を奪う。
- 呂蒙は軍紀を厳しく守らせ、私用で民の物を取った同郷の兵を涙ながらに処刑するなど統制を徹底する。
- 孫権自ら荊州入りし、于禁を解放して曹操に返す。虞翻の説得で公安の傅士仁が降伏し、続いて傅士仁を使って南郡の糜芳を説得に向かわせるところで回を終える。