三國演義第六十一回 趙雲は江を截り阿斗を奪い返し、孫権は書を送り老瞞(曹操)を退ける (趙雲截江奪阿斗 孫權遺書退老瞞)
龐統・法正の劉璋討伐案と頓挫
- 龐統と法正は酒宴の場で劉璋を討ち取るよう劉備に勧めるが、劉備は「恩信が立っていない」と拒否する。
- 宴の途中、魏延が剣舞を口実に劉璋を討とうとするが、劉璋側の張任・劉封・劉璝らも次々に剣を抜いて対抗し、一触即発となる。劉備が自ら剣を取って場を制止し、事なきを得る。
- 帰陣後、劉備は龐統を「私を不義に陥れようとしたのか」と責める。劉璋の部下は劉備への警戒を進言するが、劉璋は兄弟の情を信じて聞き入れない。
張魯の脅威と葭萌関出兵
- 張魯が葭萌関に攻め寄せようとし、劉璋は劉備に防衛を依頼、劉備は快く応じて出陣する。
- 劉璋は楊懷・高沛に涪水関の守備を命じて成都に帰る。劉備は葭萌関で軍紀を正し、民心の獲得に努める。
孫権の荊州奪還策と呉国太の反対
- 顧雍が「劉備の留守を突いて川口を断ち、荊州を一気に奪うべき」と献策し、孫権は乗り気になる。
- しかし屏風の陰から呉国太が現れ、娘(孫夫人)の身を案じて猛反対。孫権は母の叱責に従い計画を退ける。
- 思案する孫権に張昭が別案を示す。国太危篤と偽って孫夫人と阿斗を呼び戻し、荊州と引き換えに阿斗を人質にする策である。実行役に周善が選ばれる。
周善の計略と孫夫人の帰郷
- 周善は商人を装い密書を携えて荊州入りし、孫夫人に国太危篤を告げる。夫人は軍師(諸葛亮)に知らせる間もなく、七歳の阿斗を連れて密かに船に乗り込む。
趙雲の阿斗奪還
- 巡回中の趙雲がこれを知り、単騎で追跡。小舟に乗り換え大船に飛び移り、青釭剣を振るって阿斗を取り返す。
- 夫人は反論するが趙雲は「阿斗は主家唯一の血筋」として阿斗を離さず、船は中流を流されて岸に着けられない。
- (詩:趙雲の忠勇を讃える内容)
張飛の加勢と孫夫人の解放
- 下流から張飛の船団が現れ、周善を斬り捨てる。孫夫人は激しく抗議するが、張飛と趙雲は道理を弁え、阿斗のみを連れ戻し、夫人の船は東呉へ帰す。
- (詩:張飛の武勇を讃える内容)
- 孔明が合流し、事の次第を葭萌関の劉備へ報告する。
曹操の南征と孫権の遷都・築城
- 孫夫人の帰還と周善殺害の報に孫権は激怒するが、折しも曹操が四十万の大軍で赤壁の雪辱を図って南下してくる。
- 病没した張紘の遺言に従い、孫権は秣陵(建業)へ遷都し石頭城を築く。
- 呂蒙の進言で濡須の水口に塢(とりで)を築き、防備を固める。
荀彧の死
- 董昭らが曹操に「魏公」の位と「九錫」を進めるべきと上表するが、荀彧は「丞相は謙譲の節を守るべき」と反対し、曹操の不興を買う。
- 曹操は江南出兵に荀彧を同行させようとするが、荀彧は仮病を使い留まる。曹操が送った空の食盒を見て意を悟った荀彧は服毒して果てる。
- (詩:荀彧の末路を悼む内容)
- 曹操はその死を悔い、厚く葬らせる。
濡須の攻防
- 曹操は濡須に進み、孫権軍の整然たる陣容を望見して「子を生さば孫仲謀のごとくあるべし」と嘆じる。
- 孫権自ら夜襲を仕掛け、曹操軍は敗走するが、許褚の奮戦で危機を脱する。
- 曹操は江に落日の異夢を見て、孫権と直接問答(互いに漢室への忠を主張し合う)を交わすが、伏兵に襲われ許褚に救われる。
- 長雨により濡須の水が増し、曹操軍は泥沼で困窮する。
孫権の書と曹操撤兵
- 孫権から「速やかに退くべし、さもなくば再び赤壁の禍あり」との書状が届き、末尾に「足下死せずんば、孤安んぜず」と記されていた。
- 曹操はこれに笑って応じ、皖城の守備を固めた上で軍を退き許昌へ帰る。孫権も秣陵へ引き上げる。
- 孫権は葭萌関に留まる劉備の隙を突いて荊州を奪う案を諸将と協議し、張昭が新たな一計を献じようとするところで回を終える。