三國演義第二十九回 小覇王は怒って于吉を斬り、碧眼児は座して江東を領する (小霸王怒斬于吉   碧眼兒坐領江東)

許貢の刺客

孫策は江東で勢力を拡大するが、呉郡太守許貢が密かに曹操へ孫策の脅威を訴える書状を送ったことが露見し、許貢を処刑する。その恨みから許貢の食客三人が孫策を襲撃し、重傷を負わせる(詩:三人の忠義を称える内容)。

于吉をめぐる騒動

療養中の孫策は、郭嘉が自分を「匹夫の勇」と評したと聞いて激怒し、無理を押して出兵しようとする。折しも道士于吉が民衆の崇敬を集めているのを見て、妖言惑衆の罪で処刑しようとする。雨乞いの奇跡(詩:直接引用なし)が起きても孫策は認めず、于吉を斬る。以後、孫策は于吉の幻影に悩まされ続け、心身を病んでいく。

孫策の死

母の勧めにも耳を貸さず、孫策は病状を悪化させる。ついに死期を悟り、弟孫権に印綬を託し、「内事は張昭に、外事は周瑜に相談せよ」と遺言して息を引き取る(享年二十六、詩:孫策の武勇と早すぎる死を惜しむ内容)。

孫権の継承

孫権が跡を継ぎ、周瑜が巴丘から駆けつけて忠誠を誓う。周瑜の推挙で魯粛(義に篤く先見の明のある人物)が登用され、「鼎足江東」の大戦略(漢室復興は困難、まず江東に地歩を固め天下の隙を窺うべき)を献策する。諸葛瑾・顧雍らも次々と登用され、孫権政権の基盤が固まっていく。曹操は孫策の死を好機と見るが、張紘の諫言で懐柔策に転じ、孫権を将軍に任じる。

袁紹の再挙

陳震から孫権が曹操側に付いたと聞いた袁紹は激怒し、七十万を超える大軍で再び許昌への進撃を開始する。

評語

なし