三國演義第一回 桃園に宴し、豪傑三人が義兄弟の契りを結び、黄巾を斬り、英雄が初めて功を立てる (宴桃園豪傑三結義 斬黃巾英雄首立功)
冒頭の詞
(詞:長江の流れに歴史の栄枯盛衰をたとえ、勝敗も是非も一時のもの、酒を酌み交わし談笑のうちに古今の出来事を語ろうという趣旨)
乱世の始まり
天下の大勢は、久しく分裂すれば必ず統一し、久しく統一すれば必ず分裂するもの。周末の七国分争は秦に統一され、秦滅亡後は楚漢の争いを経て漢に統一された。漢は高祖の挙兵に始まり天下を統一、光武帝の中興を経て献帝に至り、ついに三国に分かれる。その乱の原因は桓帝・霊帝の二代にさかのぼる。桓帝は正しい人物を退け宦官を重用し、霊帝の代には大将軍竇武・太傅陳蕃が宦官曹節らの誅殺を図るも露見して逆に殺され、以後宦官の専横がいよいよ甚だしくなった。
- 建寧二年、宮中に怪異(大蛇の出現、大雷雨、雹)が相次ぐ
- 建寧四年、洛陽で地震、沿岸で津波
- 光和元年、雌鶏が雄に変わる等の凶兆が続発
- 議郎蔡邕が上疏し宦官の政治介入を諫めるが、曹節に讒言され罪に落とされる
- 張讓ら十人の宦官(十常侍)が徒党を組み、霊帝は張讓を「阿父」と呼ぶほど重用
- 政治は乱れ、盗賊が各地に蜂起する
黄巾の乱
鉅鹿郡の張角・張寶・張梁の兄弟。張角は仙人から授かった天書により道術を修め「太平道人」と称し、符水で病を治し「大賢良師」と呼ばれ、信徒数十万を組織して三十六方に分ける。「蒼天已死、黄天当立」の予言を唱え挙兵を計画するが、弟子の裏切りで露見。張角は「天公将軍」、張寶は「地公将軍」、張梁は「人公将軍」と自称し、黄巾を目印に四五十万の民衆を率いて反乱を起こす。朝廷は盧植・皇甫嵩・朱雋を三方面に派遣して討伐にあたらせる。
劉備・関羽・張飛の出会い
幽州の劉焉が義勇兵を募る榜文を出す。これに応じたのが涿県の劉備(字玄徳、中山靖王劉勝の後裔、家は貧しく筵や履物を売って生計を立てていた)。榜文を見て嘆息する劉備に、豪傑肌の張飛(字翼徳)が声をかけ意気投合。二人が酒を飲んでいると、関羽(字雲長、故郷で悪徳豪族を殺し流浪していた)が加わる。三人は志を語り合い、意気投合する。
桃園の誓い
張飛の家の裏の桃園で三人は義兄弟の契りを結ぶ。「生まれた日は違えど死ぬ日は同じくしたい」と誓い、劉備を兄、関羽を次、張飛を弟とする。郷里の勇士三百余人を集めるが軍馬が足りず困っていたところ、馬商人の張世平・蘇双が良馬五十匹と金銀・鉄材を提供してくれる。これで武器を新調し(劉備は双股剣、関羽は青龍偃月刀=冷艶鋸、張飛は丈八蛇矛)、五百余人の兵を率いて劉焉に謁見。劉備が漢室の血筋であることを知った劉焉は彼を甥として認める。
初陣と各地の転戦
- 涿郡に攻め込んだ黄巾賊の程遠志の軍を撃破。張飛が副将鄧茂を、関羽が程遠志を討ち取る
- 青州の包囲を、伏兵による挟撃戦術で解く
- 劉備は師事した盧植を助けるべく広宗へ赴くが、盧植の指示で潁川の張梁・張寶討伐に転戦
- 潁川では皇甫嵩・朱雋が火攻めで黄巾軍を撃破。敗走する張梁・張寶の前に曹操(字孟徳、宦官曹騰の養子の子で、若い頃から知略に富み、許劭に「治世の能臣、乱世の奸雄」と評された人物)が現れ、これを大破する
- 劉備が潁川に着いた頃には戦は終わっており、皇甫嵩の勧めで広宗へ向かう途中、朝廷への賄賂を拒んで讒言され、董卓に交代させられ檻車で護送される盧植と遭遇。張飛は激怒するが劉備がなだめる
- 帰路、董卓が黄巾軍(張角)に敗れているところに遭遇し、三人で救援する。しかし助けられた董卓は無位無官の三人を軽んじて礼を尽くさず、張飛が激怒して斬りかかろうとする
評語
なし