三朝北盟會編炎興下帙 建炎三年 1129年

二日庚辰 朱勝非への慰留の勅答

  • 皇帝は辞任を願い出た朱勝非に対し、その旧功と器量を称え、留任を強く求める批答を下した。

二日庚辰 周紫芝、上書して用人・黜陟・剛断の三策を説く

  • 在野の士人周紫芝は、二聖(太上皇・淵聖皇帝)と皇太后が異域に囚われている現状を、漢の蘇武・魏の蔡琰の故事に重ねて痛惜し、朝廷が最優先すべきは「自治」であるとして、その要諦を三点にまとめて上書した。
  • 第一に用人の専一。李綱がかつて金軍を退けた実績を挙げつつ、羣議に惑わされて更迭された経緯を批判し、郭子儀・裴度の故事を引いて大臣への信任を一貫させるべきだと説いた。
  • 第二に黜陟の明確化。蔡京・王黼ら旧悪臣の処断が生ぬるかったこと、宇文粹中ら金に屈した守臣がなお用いられ続けたことを挙げ、賞罰の明示こそ士気を高めると論じた。安禄山の乱における顔真卿・張巡らの忠義と、今日の忠臣の少なさを対比した。
  • 第三に剛断の実行。淵聖皇帝が言路を開いたものの是非の甄別を欠いたため、かえって国政が乱れた例を挙げ、大義に基づく決断力の重要性を説いた。
  • 結びに、越王勾践や漢高祖の故事を引き、賢臣を得て雪辱を期す覚悟を陛下に求め、自らも東南の一介の民として国難を憂える誠意から上書した旨を述べた。