蔡懋罷免を求める上書
- 徳安府の進士張柄は上書し、李綱の功績と忠義を称え、姚平仲の敗戦を理由とした罷免を批判、蔡懋を退けて种師道に兵権を委ねるよう求めた。
李邦彦の罷相
- 李邦彦は宰相を罷免され観文殿大学士・太一宮使となった。紀実によれば、邦彦は都人の恨みを買っており、退出時に襲われかけ、履物だけを残して逃げ、婦人の輿に隠れて啓聖院に匿われるまで罷免を待って身を隠し続けた。
唐重の攻守三事
- 諫議大夫唐重は劄子を上奏し、①行営司・宣撫司が独自に河北諸郡へ密使を送り金軍への抵抗や邀撃を指示していることが和議の障害になりかねないと警告、②种師道が老病のため陣中の統率に不安があるとして武官の増員を求め、③勤王の諸軍が金の財貨を狙って私闘化することを防ぐよう求めた。
雷観の上書「論相」
- 太学生雷観は長大な上書を奉り、「言路の通・不通が国の治乱を左右する」との持論を展開。求言の詔が実効を伴っていないことを憂え、当今の急務は「論相」(適切な宰相の選任)にあるとした。
- 高宗が傅説を挙げて中興した故事、周の宣王が吉甫・張仲を用いた故事などを引き、宰相の得失が百官・国家の治乱を決すると説く。
- 白時中の罷免後、李邦彦・張邦昌が単に順送りで昇進したことに失望を表明し、両者を「持禄養恩」の徒と断じた。特に張邦昌が康王に随行して金営に赴いたことも「賢者のなすことではない」と批判。
- 裴度と李愬、楊国忠と哥舒翰の対比を引き、宰相の適否が将帥の成否を左右すると論じ、蔡京・童貫の宿弊を今日の禍の遠因とした。
- 仁宗が文彦博・富弼を宰相に登用した故事(夢占いに頼らず衆望に従った逸話)を引き、陛下も広く衆望を求めて真に相応しい人物を宰相に据えるべきと結んだ。