臧嚴(彦威)
- 臧嚴は字を彦威といい、東莞莒の人。曽祖の臧壽は宋の左光禄、祖父の臧凝は齊の尚書右丞、父の臧稜は後軍参軍であった。嚴は幼くして孝行で知られ、父の喪に服して哀毀のあまり評判となり、貧しくとも学に励み書巻を手放さなかった。
- 初め安成王侍郎に任じられ常侍に転じた。従叔の臧未甄が江夏郡に赴く際に同行し、道中で『屯遊賦』を作り任昉に称賛された。また『七算』を著し、これも豊かな文辞で知られた。孤高な性格で世間との交わりを求めず、僕射徐勉が近づこうとしても嚴は訪ねなかった。
- 冠軍行参軍に遷り湘東王の読書に侍し、王の宣恵輕車府参軍兼記室に累遷した。嚴は学識が深く、とりわけ『漢書』に精通し諷誦してほぼ暗誦できた。王が自ら四部の書目を持って試したところ、甲から丁までの巻それぞれについて内容と著者名を一つも誤らず対答し、その博識ぶりが示された。
- 王が荆州に転じると西中郎安西録事参軍として随行し、義陽・武寧の両郡(いずれも蛮族の住む地で、これまでは武人が兵で鎮めるのが常であった)を監督する任に就いた。嚴はわずかな門生を連れて単車で入境し、蛮族はこれに悦服して寇盗が絶えたという。王が石頭戍の軍事に転じると安右録事に任じられ、王が江州に転じて鎮南諮議参軍となった際、嚴は官にあって没した。文集10巻。