梁書目録

序(曾鞏等の上進の辞)

  • 序の冒頭は、聖人の道と仏教の関係を論じる。先王の道が明らかでなくなって以来、諸子百家が並び興り、なかでも仏教は最も遅れて中国に入り、その害が梁代においてとりわけ甚だしかったため、論じないわけにはいかないとする。
  • 仏教徒は自らの悟りを「内なるもの」とし、世の議論を「外なるもの」として斥けるが、それは聖人の内なる境地を知らぬ議論だという。『書』『易』を引きつつ、思を致して理を窮め、知を致し、誠・好・楽を経て性を尽くすに至る過程を説き、聖人とは無思無為にして理に循い物に応ずる者であり、その至妙にして測り難いはたらきこそ「神」と呼ぶべきものだと論じる。
  • 学問の目的は一代の得失を明らかにすることにあるとし、梁の史実を通じて聖人が「得た」所以と仏教が「失った」所以とを述べ、君子が仏を距ける理由が外面ではなく内なる志にあることを示そうとする、と序の趣旨を結ぶ。
  • 末尾に「臣鞏等謹んで目録を叙し昧死して上る」とあり、曾鞏らによる上進の辞であることを示す。

本紀六巻

  • 巻一 本紀第一 武帝上(姓は蕭氏、諱は衍)
  • 巻二 本紀第二 武帝中
  • 巻三 本紀第三 武帝下
  • 巻四 本紀第四 簡文帝(諱は綱)
  • 巻五 本紀第五 元帝(諱は繹)
  • 巻六 本紀第六 敬帝(諱は方智)

列傳五十巻

  • 巻七 列傳第一 皇后(太祖張皇后・高祖郗皇后・太宗王皇后・高祖丁貴嬪・高祖阮脩容・世祖徐妃)
  • 巻八 列傳第二 昭明太子統・哀太子大器・愍懐太子方矩
  • 巻九 列傳第三 王茂・曹景宗・柳慶遠
  • 巻十 列傳第四 蕭頴逹・夏侯詳・蔡道恭・楊公則・鄧元起
  • 巻十一 列傳第五 張弘策・庾域・鄭紹叔・呂僧珍
  • 巻十二 列傳第六 柳惔(弟忱)・席闡文・韋叡(族弟愛)
  • 巻十三 列傳第七 范雲・沈約
  • 巻十四 列傳第八 江淹・任昉
  • 巻十五 列傳第九 謝朏(弟子覧)
  • 巻十六 列傳第十 王亮・張稷・王瑩
  • 巻十七 列傳第十一 王珍國・馬仙琕・張齊
  • 巻十八 列傳第十二 張惠紹・馮道根・康絢・昌義之
  • 巻十九 列傳第十三 宗夬・劉坦・樂藹
  • 巻二十 列傳第十四 劉季連・陳伯之
  • 巻二十一 列傳第十五 王瞻・王志・王峻・王暕(子訓)・王泰・王份(孫錫・僉)・張充・柳惲・蔡撙・江蒨
  • 巻二十二 列傳第十六 太祖五王(臨川王宏・安成王秀・南平王偉・鄱陽王恢・始興王憺)
  • 巻二十三 列傳第十七 長沙嗣王業(子孝儼・弟藻)・永陽嗣王伯游・衡陽嗣王元簡・桂陽嗣王象
  • 巻二十四 列傳第十八 蕭景(弟昌・昂・昱)
  • 巻二十五 列傳第十九 周捨・徐勉
  • 巻二十六 列傳第二十 范岫・傅昭(弟映)・蕭琛・陸杲
  • 巻二十七 列傳第二十一 陸倕・到洽・明山賓・殷鈞・陸襄
  • 巻二十八 列傳第二十二 裴邃(兄子之高・横之・平之)・夏侯亶(弟夔・魚弘)・韋放
  • 巻二十九 列傳第二十三 高祖三王(南康王績・廬陵王續・邵陵王綸)
  • 巻三十 列傳第二十四 裴子野・顧協・徐摛・鮑泉
  • 巻三十一 列傳第二十五 袁昂(子君正)
  • 巻三十二 列傳第二十六 陳慶之・蘭欽
  • 巻三十三 列傳第二十七 王僧孺・張率・劉孝綽・王筠
  • 巻三十四 列傳第二十八 張緬(弟纘・綰)
  • 巻三十五 列傳第二十九 蕭子恪(弟子範・子顯・子雲・子暉)
  • 巻三十六 列傳第三十 孔休源・江革
  • 巻三十七 列傳第三十一 謝舉・何敬容
  • 巻三十八 列傳第三十二 朱异・賀琛
  • 巻三十九 列傳第三十三 元法僧・元樹・元願達・王神念(楊華)・羊侃(子鵾)・羊鴉仁
  • 巻四十 列傳第三十四 司馬褧・到溉・劉顯・劉之遴(弟之亨)・許懋
  • 巻四十一 列傳第三十五 王規(劉㲄・宗懍)・王承・褚翔・蕭介(從父兄洽)・褚球・劉孺(弟覽・遵)・劉潛(弟孝勝・孝先・孝威)・殷芸・蕭幾
  • 巻四十二 列傳第三十六 臧盾(弟厥)・傅岐
  • 巻四十三 列傳第三十七 韋粲・江子一(弟子四・子五)・張嵊・沈浚・柳敬禮
  • 巻四十四 列傳第三十八 太宗十一王(潯陽王大心・南海王大臨・南郡王大連・安陸王大春・瀏陽公大雅・新興王大莊・西陽王大鈞・武寧王大威・建平王大球・義安王大昕・綏建王大摯)・世祖二子(忠壯世子方等・貞惠世子方諸)
  • 巻四十五 列傳第三十九 王僧辯
  • 巻四十六 列傳第四十 胡僧祐・徐文盛・杜崱(兄岸・龕・弟幼安・兄子)・隂子春
  • 巻四十七 列傳第四十一 孝行(滕曇恭〈徐普濟子・宛陵女〉・沈崇傃・荀匠・庾黔婁・吉翂・甄恬・韓懐明・劉曇靜・何炯・庾沙彌・江紑・劉霽・褚修・謝藺)
  • 巻四十八 列傳第四十二 儒林(伏曼容・何佟之・范縝・嚴植之・賀瑒〈子革〉・司馬筠・卞華・崔靈恩・孔僉・盧廣・沈峻〈太史叔明〉・孔子祛・皇偘)
  • 巻四十九 列傳第四十三 文學上(到沆・丘遲・劉苞・袁峻・庾於陵〈弟肩吾〉・劉昭・何遜・鍾嶸・周興嗣・呉均)
  • 巻五十 列傳第四十四 文學下(劉峻・劉沼・謝幾卿・劉勰・王籍・何思澄・劉杳・謝徵・臧嚴・伏挺・庾仲容・陸雲公・任孝恭・顔協)
  • 巻五十一 列傳第四十五 處士(何點〈弟胤〉・阮孝緒・陶弘景・諸葛璩・沈顗・劉惠斐・范元琰・劉訏・劉歊・庾詵・張孝秀・庾承先)
  • 巻五十二 列傳第四十六 止足(顧憲之・陶季直・蕭眎素)
  • 巻五十三 列傳第四十七 良吏(庾蓽・沈瑀・范述曽・丘仲孚・孫謙・伏暅・何逺)
  • 巻五十四 列傳第四十八 諸夷(海南諸國〈林邑・干陁・扶南・狼牙・盤盤・婆利・丹丹・竺中天・師子〉、東夷〈高句驪・文身・百濟・大漢・新羅・扶桑・倭〉、西北諸戎〈河南・檀・呵跋・高昌・丹胡・宻滑・題白・周古柯・龜兹・于闐・宕昌・渴盤陀・鄧至・末興・武波斯・芮芮〉)
  • 巻五十五 列傳第四十九 豫章王綜・武陵王紀・臨賀王正徳・河東王譽
  • 巻五十六 列傳第五十 侯景

校勘の付記(四庫館臣の按語)

  • 四庫館臣が按ずるに、『梁書』五十六巻は唐の姚思廉が勅を奉じて撰した。『唐書』姚思廉本伝には貞觀三年(629年)に思廉が魏徴とともに撰ぶよう詔されたとあり、『藝文志』も『梁書』『陳書』はともに魏徴との共撰と記す。旧本は思廉のみを標題とするが、これは魏徴が監修に過ぎず、論讚のみに関与したためで、実際に筆を執ったのは思廉であることを示すという(『史通』古今正史篇に、魏徴が総知しつつ讚論の多くを思廉が担ったとある事実に基づく)。
  • 巻数についても異同があり、『旧唐書』經籍志および思廉本伝はいずれも五十巻とするが、『新唐書』は五十六巻とする。劉知幾『史通』によれば、思廉の父・姚察がかつて撰述の志を持ちながら未完のまま没し、思廉が父の旧稿に新たに書き足して五十六巻の『梁書』を完成させたとあり、これが『新唐書』所拠の思廉編目の実態で、『旧唐書』は「六」の字を誤脱したものと考証する。
  • 各巻末に「陳吏部尚書姚察」と記す巻が二十五篇、「史官陳吏部尚書姚察」と記す巻が一篇あり、これは『漢書』が巻末に班彪の名を記す例に倣ったもので、「史官」と称する巻はおそらく思廉が続纂した部分だろうと推測する。
  • 思廉は家学を承け早くから素養があり、貞観二年に既に編纂を始め、詔を受けて秘書省に入って後さらに七年を費やしており、その用力は勤篤であったとする一方、記事の齟齬も指摘する。たとえば簡文紀では大寶二年(551年)四月丙子に侯景が郢州を襲い刺史蕭方諸を捕らえたとするが、元帝紀では閏四月丙午とし、両巻で月日が食い違う。また侯景伝では張彪の挙兵と銭塘での寇掠の記述の間で数行のうちに書法が乖舛するなど、趙与旹『賓退録』が指摘するように、江革伝では何敬容の銓選を「多く適材を得ず」とする一方、敬容伝では「銓序明審にして称職と号す」と評するなど、是非が矛盾する箇所が少なくないと批判する。
  • 事跡の重複・錯簡も多く、『南史』と照合しても齟齬が見られ、著述の困難さを物語るとしつつ、それでも持論はおおむね平允であり、漢晋以来の史法をよく具え、衆手の編次で失われがちな体系性を保っている点は評価に値するとする。
  • 乾隆四十一年(1776年)九月、恭しく校して上る。總纂官は臣紀昀・臣陸錫純・臣孫士毅、總校官は臣陸費墀(底本は「陸錫純」。四庫総纂官として知られる陸錫熊の誤りか)。