遼史卷九十三 列傳第二十三 都勒斡

都勒斡

  • 都勒斡、字は薩巴。幼くして警悟なること異常の子で、三歳で母を失うと哭して哀しみを尽くし見る者はこれを傷んだ。長ずるに及び魁偉沈毅で学を好み属文を善くし才幹があった。年30にして初めて仕え朝野に推重され、給事北院知聖旨事となった。
  • 太康2年(1076年)、伊遜が再び樞府に入ると、都勒斡は素より蕭巌寿と善であったことにより罪を誣告され西北部に謫戍された。皇太子の事に坐したが特恩により死を減じられ終身錮せられたまま戍にあること十余年、太子の事がやや直るに及び初めて郷里に帰ることができ、屏居して人事を謝した。
  • ある日、流れに臨んで雉の鳴くのを聞き、孔子の「時なるかな」の語を三復し古詩三章を作って志を見た。当時の名士はその高情雅韻を古人に劣らないと称えた。寿隆6年(1100年)卒した。年61。乾統初め、彰義軍節度使を追贈された。