遼史卷九十二 列傳第二十二 耶律圖丹

耶律圖丹

  • 耶律圖丹、字は和爾沁。太師古雲の子。重熙初め、左護衛となり禁兵を将いて夏を伐って功があり、十二行糺司徒を授けられた。再び夏を伐つに際し圖丹は山西諸郡の馬を括り還って伊喇詳衮に遷った。
  • 西南が未だ平らげられないでいると、圖丹に命じて同知金肅軍事とし、夏人が来侵するとこれを撃破し、納喇阿爾威節度使に進んだ。清寧元年(1055年)、召されて皇太后左護衛太保となり、清寧4年(1058年)寧遠軍節度使に改まった。東路が饑えるとこれを奏して振わせた。
  • 五国・烏爾古・遼興軍の三鎮節度使、四捷軍詳衮を歴任し、太康元年(1075年)卒した。同中書門下平章事を追贈された。子阿蘇に伝がある。