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遼史
卷九十二 列傳第二十二 耶律浩善
耶律浩善
耶律浩善、字は托紐。北院額爾竒木博果済の後で、祖徹珍は北院大王、父和克は黄皮室詳衮。浩善は初め西南巡辺官となり廉潔をもって称され、たびたび昇進して南京統軍使となり、間もなく北院大王となった。
重熙11年(1042年)、党項部の人の多くが西夏に叛入すると、浩善は詔を受けて西辺を巡り、沿河の要地に多く城堡を建ててこれを鎮めた。東京留守に徙り、重熙13年(1044年)知府蕭烏魯斯と共に博囉滿逹勒を討ち功があった。兼侍中を加えられ致仕し卒した。
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