遼史卷八十七 列傳第十七 耶律布庫
耶律布庫
- 耶律布庫、字は提隱。太祖の弟蘇の四世孫で武勇を以て称された。統和初め、涿州刺史となり高麗征伐に従って功があった。開泰末、上京内客省副使となった。
- 太平2年(1022年)、鴨綠江に城を築き布庫がこれを守った。鎮にあって治績があった。太平5年(1025年)、廣徳軍節度使に改まり、間もなく東京統軍使に遷った。政に涖んで厳粛で諸部はこれを懾服した。
- 太平9年(1029年)、大延琳が反乱を起こし書を保州に送って結ぼうとしたが、夏行美がその人を執えて布庫に送った。布庫は保州に入って拠り、延琳は気を沮んだ。その功により特哩衮を拝した。
- 太平11年(1031年)、子鐵驪に弑された。