遼史卷八十五 列傳第十五 耶律薩哈
独り軍を全うした将
- 耶律薩哈、字は薩蘭。伊實部の人で南府宰相烏魯斯の子。天祿年間より仕え、応厯年間、伊実大王として兵馬事を兼知した。乾亨初年、宋の来侵に本部兵で南京を守り、北院大王希達・統軍蕭托果らと迎撃したが希達らが敗走する中、薩哈のみ全軍を保って帰還した。帝は「敵に対抗するにはこうあるべきだ、これからも励め、富貴に不足はない」と諭し、守太保を加えられ、統和年間に卒した。
史論
- 論にいう。統和年間、遼はしばしば宋討伐の兵を挙げ、耶律轄哩・諾衮・蕭柳らはいずれも城を降し将を捕らえる功があった。最後に蕭達林が統軍使として澶淵まで進み宋との決戦を目前にしながら弩に当たって倒れ、我が軍は頼みを失う中で和議が成立した。あるいは天が乱を厭い、南北の民を休息させようとしたのであろうか。