寵を頼んで貪り、非命を遂げた人物
- 紐哩、字は鼐爾琨。氏族は不詳。積慶宮人に補せられる。応厯初年、習馬実達爾となり、母の喪に服すため去る道すがら雅伯山で巨人に出会い「地祇であるから恐れるな。母をここに葬れば必ず貴くなる」と告げられ、その通りにした。
- 累進して馬羣侍中となる。景宗が藩邸にあった頃、紐哩が本宮の出身であることから厚遇し、紐哩も心を傾けて結びついた。穆宗が弑逆された夜、紐哩は急ぎ景宗のもとに駆けつけ、禁兵五百を集めて護衛した。景宗即位後、翼戴の功により政事令・契丹行宮都部署を加えられ厚く賞され、守太尉を加えられた。
- 北漢主劉継元は紐哩が帝に信任されていると聞き、誕生日には必ず礼を送った。紐哩は元来貪欲で、同僚の蕭安巴達も賄賂を好み、二人は仲が良かった。人が氈裘を鼠にかじられているのを見て「紐哩と安巴達に遇えばそっくり取られてしまう」と戯れられるほど貪猥であった。
- 保寧末年、甲五百を私蔵した罪で有司の糾問を受けた際、紐哩の袖の中から枢密使蕭思温殺害の指示書が見つかり、賜死となった。紐哩は馬の目利きに優れ、郊野で数頭の馬を見て「これは駿馬だ」と自分の馬と交換したところ、果たしてその通りであったという逸話も残る。