遼史卷七十三 列傳第三 耶律欲穩

生涯

  • 字は錫里雅圖。魯卜部の人、祖は塔雅克約尼、北辺を守った。簡獻皇后とその子らが難に遭った際、欲穩の一族に頼って難を逃れたことがあり、太祖はその功を忘れず、また欲穩の厳重な人柄を重んじて近部の統率を任せ、宮分(親衛の民)の設置に際しては率先して帰属した。太祖はその忠を嘉し、塔雅克を廟廷に配享した。埒克の乱平定に功をあげ奚徳哷勒部の額爾竒木に遷り、渤海遠征でも功があったが天顯初めに卒した。以後、歴代の帝は太祖ゆかりの縁により、その子孫を側近として重用し、宮分中の「八房」と呼ばれる一族の由来となった。弟の轄哩は奚六部の圖哩に終わった。