列女傳卷五 齊義繼母

兄弟の殺人事件

  • 齊義繼母は齊の二人の子の母である。宣王の時代、道端に死体が見つかり、役人が調べると刺し傷が一つあり、その傍らに兄弟二人が立っていた。役人が問うと、兄は「私が殺した」と言い、弟は「兄ではなく私が殺した」と言った。
  • 一年経っても役人は判断できず、相に伝えたが相も判断できず、王に伝えた。王は「二人とも赦せば罪ある者を許すことになり、二人とも殺せば無実の者まで誅することになる。母ならば子の善悪を知っていよう。母に問い、どちらを生かしどちらを殺したいか聞け」と命じた。

母の判断

  • 相が母に「あなたの子が人を殺し、兄弟が互いに身代わりになろうとしている。役人も判断できず王に伝えたところ、王は仁恵の心から、どちらを生かしどちらを殺したいか母に問うようにと仰せです」と告げると、母は泣きながら「幼い方を殺してください」と答えた。
  • 相が「幼い子はふつう最も愛しいものだが、なぜ殺せというのか」と問うと、母は「幼い方は私の実子、年上の方は先妻の子です。その父が死の間際に『よく養い見てやってくれ』と私に託し、私は『承知しました』と答えました。今その託しを受け承諾しておきながら、それを忘れて信を違えられましょうか。また兄を殺して弟を生かせば私情によって公義を廃することになり、約束を違えて信を忘れれば死者を欺くことになります。言葉に約束がなく承諾に区別がなければ、どうして世に生きていけましょう。子は痛みましょうが、行うべき道はこれ以外にありません」と涙を流しながら答えた。
  • 相はこれを王に伝えると、王はその義を美とし、その行いを高しとして、二人とも赦して殺さず、母を尊んで義母と号した。

史論

  • 君子は義母を「信あって義を好み、清く譲る心をもつ」と評した。『詩経』に「和やかで礼儀正しい君子は、四方の模範となる」とあるのはこのことをいう。
  • 頌に曰く、義継母は信実で公正、礼を知る人であった。親の情に基づき罪ある子をかばい合う兄弟を宥めようとしたが、役人が判断できずにいると、王は母に問い、信に基づいて義を行い、ついに二人の子を赦免させた、という。