列女傳卷四 魯寡陶嬰

求婚を歌で退ける

  • 陶嬰は魯の陶門の娘である。若くして寡婦となり、幼い孤児を養い、頼れる強い兄弟もなく、機織りを生業としていた。魯の人の中にはその義を聞いて求婚しようとする者もいた。
  • 嬰はこれを聞き、拒みきれなくなることを恐れて歌を作り、二度と嫁がないという自分の志を明らかにした。その歌は「黄鵠が早くに連れ合いを失った悲しみよ、七年ものあいだ独り身であった。宛鵬(水鳥)は独り寝て、群れとは違う。夜半に悲しく鳴くのは、昔の連れ合いを思うから。天命により早く寡婦となったが、独り寝ることを何とも思わない。寡婦がこれを思えば、涙が幾筋も流れる。ああ悲しいことよ、死んだ人は忘れられない。飛ぶ鳥でさえこうであるのに、まして貞節な人間はなおさらである。たとえ立派な相手がいても、決して二度は嫁がない」というものであった。
  • 魯の人はこれを聞いて「この女には求婚できない」と言い、二度と求めようとしなかった。嬰は寡婦のまま、生涯志を変えなかった。君子は陶嬰を貞節ひとすじで思慮深い人物と評した。

史論

  • 頌に曰く、陶嬰は若くして寡婦となり、機織りをして子を養った。求婚する者があると、自ら身を慎み、歌を作って志を明らかにしたので、求婚する者は求めるのをやめた。君子はこれを称揚し、婦人の模範とした、という。