婚礼を理由に嫁ぐことを拒む
- 召南申女は、申の人の娘である。すでに酆の家に嫁ぐことが決まっていたが、夫の家が婚礼の儀を十分に整えないまま迎えようとした。
- 女は「夫婦となることは人倫の始まりであり、正しくしないわけにはいきません。『根本を正せば万物はおのずと治まる。わずかな狂いも、千里の隔たりとなる』と言います。だからこそ根本が立てば道が生まれ、水源が澄めば流れも清くなるのです。嫁ぐということは、家の重責を伝え受け継ぎ、祖先を継続し、宗廟を守る主となるためです。夫の家が礼を軽んじ制度に背くのなら、嫁ぐわけにはいきません」と述べ、ついに行くことを拒んだ。
- 夫の家はこれを役所に訴え、女は獄に送られた。女はそれでも、婚礼の一物一礼が整っていないことを理由に節義を守り通し、死んでも行かないと決め、詩を作って「たとえ私を獄に追いやろうとも、その家は婚礼の礼を満たしていない」と詠んだ。夫の家の礼が不十分であることを言ったものである。
- 君子はこれを婦人の道の模範と認め、取り上げて世に広め、後世の戒めとした。無礼な求婚を絶ち、みだらな行いを防ぐためである。また「たとえ私を訴訟に追いやろうとも、あなたには従わない」とも詠んだという。
史論
- 頌に曰く、召南申女は貞節ひとすじに身を慎み、夫の家の礼が整わないことを理由に、最後まで従うことを拒み、死をも辞さぬ覚悟で獄訟にまで至った。その心を詩に詠み、後世に称え伝えられている、という。