屈瑕の羅討伐をめぐる予見
- 鄧曼は楚の武王の夫人である。王は屈瑕(莫敖と号す)を将として羅を討伐させ、諸将を率いて楚軍のすべてを動員した。
- 鬥伯比は御者に「莫敖はきっと敗れる。足取りが高慢で、心が定まっていない」と語り、王に「必ず援軍を送るべきだ」と進言した。
- 王がこれを夫人鄧曼に告げると、鄧曼は「大夫が言うのは兵の多寡のことではなく、君が民を信で撫で、諸官を徳で導き、莫敖を刑罰で威圧すべきだということです。莫敖は蒲騷の戦で驕り、独断で動こうとし、羅を侮っています。君が押さえなければ、備えを怠るでしょう」と答えた。
- 王は賴の人を遣わして追わせたが間に合わなかった。莫敖は軍中に「諫める者は処罰する」と命じた。鄢に至ると軍の渡河が乱れ、羅に着くと羅と盧戎に攻撃され大敗し、莫敖は荒谷で自ら首をくくり、諸将は冶父に囚われて処罰を待った。
- 王は「これは私の罪だ」と言い、全員を赦した。君子は「鄧曼は人を知る力があった」と評した。
隨討伐と王の死の予見
- 王が隨を討とうと出陣する際、鄧曼に「心が乱れ落ち着かない、なぜだろうか」と問うた。
- 鄧曼は「王は徳が薄いのに俸禄は厚く、施しは少ないのに得るものは多い。物事は盛んになれば必ず衰え、日は中天に至れば必ず傾く。満ちて溢れるのは天の道理です。先王はこれを知っていたからこそ、軍事に臨み大命を発する際には、王の心を揺り動かしたのです。もし軍に損なうことがなく、王が行軍中に薨じるのであれば、それは国の福いです」と答えた。
- 王はそのまま出陣し、樠木の下で没した。君子は「鄧曼は天の道理を知る者であった」と評した。
史論
- 『易』に「日は中天に至れば傾き、月は満ちれば欠ける。天地の満ち欠けは、時とともに消長する」とあるが、まさにこのことである。
- 頌に曰く、楚武の鄧曼は物事の兆しを見抜き、屈瑕の軍が敗れることを言い当て、王が薨じることも知った。天の道理を悟り、盛んなものは必ず衰えると説き、ついにその言葉どおりとなったので、君子はこれを称えた、という。