列女傳卷二 楚莊樊姬

出自

  • 樊姬は楚莊王の夫人。

狩猟を諫め、賢者を薦める

  • 莊王は即位すると狩猟を好んだ。樊姬が諫めても止まなかったため、樊姬は鳥獣の肉を食べないようにし、それによって王は過ちを改め、政務に励むようになった。
  • あるとき王が朝政を遅くまで行い退出したとき、樊姬が殿を降りて出迎え、「なぜこんなに遅いのですか、お疲れではありませんか」と尋ねると、王は「賢者と語らっていると、疲れも空腹も忘れる」と答えた。姬が「王のおっしゃる賢者とは誰のことですか」と尋ねると、王は「虞丘子だ」と答えた。姬は口を覆って笑った。王が「何がおかしいのか」と問うと、姬は「虞丘子は賢者には違いありませんが、忠実ではありません」と答えた。
  • 王が理由を問うと、姬は「わたくしは十一年間王にお仕えしてきましたが、その間、人を鄭や衛に遣わして美人を探させ、王に薦めてきました。今、わたくしより優れた者が二人、同列の者が七人おります。わたくしとて王の寵愛を独り占めしたくないわけではありません。ですが『堂上に女を並べるのは、人を見る目を養うためだ』と聞いております。わたくしは私情で公を蔽うことをせず、王に多くの人を見て知る機会を持っていただきたかったのです。ところが虞丘子は十余年も楚の相を務めながら、薦めるのは自分の子弟か一族ばかりで、賢者を薦めて不肖の者を退けたという話は聞きません。これは君主を蔽い、賢者への道を塞いでいるのです。賢者を知りながら薦めないのは不忠であり、賢者を知らないのは不智です。わたくしが笑ったのはこのためです」と答えた。王は喜んだ。
  • 翌日、王が姬の言葉を虞丘子に告げると、虞丘子は席を避けて答えられなかった。そして自ら舎を退き、人を遣わして孫叔敖を迎え王に薦めさせ、王は孫叔敖を令尹に任じた。楚を治めること三年で莊王は覇者となった。楚の史書は「莊王の覇業は樊姬の力である」と記した。

  • 詩に「大夫夙退、無使君勞」とあり、この「君」とは女君(夫人)を指す。また「溫恭朝夕、執事有恪」ともあり、樊姬をいう。

史論

  • 頌にいう。樊姬は謙虚で嫉妬することがなかった。美人を薦めて自分と同列に置き、虞丘子を非難して賢者への道を塞いでいたことを正した。楚莊王はこれを用いて、ついに覇業を成した。