列女傳卷二 晉文齊姜

出自

  • 齊姜は齊桓公の一族の娘で、晉文公の夫人。

重耳の亡命時代

  • はじめ文公の父・獻公は驪姬を迎え入れ、驪姬の讒言により太子申生を殺した。文公はまだ公子重耳と呼ばれ、舅犯とともに狄へ逃れた。齊に至ると、齊桓公は一族の娘(齊姜)を重耳に嫁がせ、大変厚遇し、馬二十乘を与えた。重耳は「人生は安楽であればよい、他に何を求めよう」とまで言い、齊に骨を埋めるつもりでいた。
  • 舅犯は重耳が齊の安楽に慣れきったことを知り、出立させようと考え、従者たちと桑の木の下で相談した。そこに桑を摘む妾(下女)がいて話を聞き、齊姜に告げた。齊姜はこの妾を殺し、公子に「従者たちがあなたを連れて出立しようとしているのを聞いた者は、すでに始末しました。公子は必ず従うべきで、迷ってはなりません。迷えば大事は成りません。あなたが晉を去ってから、晉に安らかな年はありません。天がまだ晉を滅ぼしていない以上、晉を得るのはあなたしかいません。どうか励んでください。上帝はあなたを見ておられます、迷えば必ず咎があります」と告げた。
  • 公子が「私は動かない、ここで死ぬまでだ」と言うと、齊姜は「なりません。周の詩に『莘莘征夫、每懷靡及』とあります。朝夕行き急いでもなお及ばぬことを恐れるものです、まして安逸を望んでどうして間に合いましょうか。人は及ぼうと求めなければ及ぶことはできません。乱はいつまでも続くものではありません、公子は必ず晉を得るでしょう」と説いた。それでも公子は聞き入れなかった。
  • 齊姜は舅犯と謀り、公子を酔わせて車に乗せて連れ出した。酒が醒めた公子は舅犯を戈で追い、「事が成らなければ、私はお前の肉を食っても飽き足らない」と言ったが、結局そのまま出発し、曹・宋・鄭・楚を経て秦に入った。秦の穆公は兵を出して公子を晉に送り込み、晉人は懐公を殺して重耳を立てた。これが文公である。文公は齊姜を迎えて夫人とし、ついに天下に覇を唱え諸侯の盟主となった。

  • 君子は齊姜を清く節を汚さず、君子(重耳)を善へ育て上げたと評した。詩に「彼美孟姜、可與寤言」とあるのはこのことをいう。

史論

  • 頌にいう。齊姜は公正な人で、言行に怠りがなかった。晉文公に帰国を勧め迷いなく促し、公子が聞き入れないと舅犯と謀り、酔わせて車に乗せて連れ出し、ついに覇業の基を成した。