南史卷七十二 列傳第六十二 顔晃
機知に富む対答
- 顔晃、字は元明、琅邪臨沂の人。若くして孤貧、学を好み辞采に優れ、梁の邵陵王兼記室参軍として起家した。東宮学士庾信が使者として府に来た際、王が晃に応対させると、信は年少の晃を軽んじて「この府の兼記室は何人いるのか」と問い、晃は「宮中の学士より少ないくらいでしょう」と答え、当時は見事な応答と評された。侯景の乱で荊州に逃れ承聖初(552年)中書侍郎、陳の天嘉初(560年)員外散騎常侍・兼中書舎人に累進し詔誥を掌った。没後司農卿・諡は貞を贈られた。家は単門で後ろ盾もなかったが節操を守り世に知られ、表奏詔誥は筆を執ればすぐに道理を得た文章になった。文集20巻。