南史卷二十六 列傳第十六 袁君正
袁君正(昻の子)
- 字は世忠、幼くして聡敏、父の病に晝夜眠らず看病した。太子庶子を歴任、風儀に優れ貴公子として時誉を得た。豫章内史のとき、巫術を信じず、郡の巫長万世栄が病の証として襦を要求した詐術を見破り、身に隠していた証拠を摘発、市で処刑し巫を焼いて一郡から巫を絶った。
- 呉郡太守。侯景の乱で数百人を率い邵陵王綸の援軍に赴くが台城陥落後帰郡。財産・服玩を蓄えていたため、賊将張太墨の攻撃に対し新城戍主戴僧易は防戦を勧めたが君正は決断できず、呉人陸映公らは家門の滅亡を恐れ賊への恭順を勧め、君正は臆病から米・牛酒を送り出迎え、財物・子女を略奪され、これを患い没した。子は樞。