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南史
卷十四 列傳第四宋宗室及諸王下 武昌王渾
狂悖な諸行
劉渾(字休深)は文帝第十子。元嘉二十四年(447年)九歳で汝隂王、後に武昌王。凶暴な性格で防身刀で左右を斬りつけるなどした。元凶弑逆時には中書令として散騎省で戯れに直通郎周朗を弓で射て笑いものとした。
孝建元年(454年)雍州刺史として鎮所で左右と共に「楚王」を僭称し百官を戯れに設けたことが露見、庶人に落とされ始安郡で自殺を強いられ襄陽に葬られた。大明四年(460年)母江太妃の墓所への改葬が許され、明帝即位後に義昌縣侯を追封された。
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