南齊書卷五十六 列傳第三十七 呂文顯
四方からの賄賂で巨富を築く
- 臨海の人。劉宋孝武帝の斎幹直長から、昇明初(477年)に太祖の録尚書省事に累進し、殿中侍御史・羽林監(蘭陵丞令を帯びる)・龍驤将軍秣陵令(劉陽県男に封ぜられる)を経て、永明元年(483年)寧朔将軍・中書通事舎人(本官如故)。治事が厳酷で知られた。
- 永明三年(485年)南清河太守を帯び、茹法亮らと交代で舎人として親幸を受け、四方からの餉遺は年数百万銭に及び、大宅を造り山を開き池を作った。永明五年(487年)建康令、長水校尉、南泰山・南譙太守、司徒中兵参軍・淮南太守(舎人省に直す)、左中郎将・南東莞太守・右軍将軍。高宗輔政期には少府を守り、建武・永元の代まで尚書右丞・少府卿を歴任して卒した。