明史卷一百五十二 列傳第四十 周述

出自と文淵閣の読書

  • 周述は字を崇述といい、吉水の人。
  • 永樂二年(1404年)、従弟の孟簡とともに進士に及第した。帝は手ずから二人の策に題して奨賞し、ともに翰林編修に任じた。
  • まもなく解縉に詔して曾棨ら二十八人を選んで文淵閣で読書させたが、周述・孟簡もともにその中に入った。司禮監が紙と筆を給し、光禄が朝夕の食を給し、禮部が毎月の膏燭の鈔を一人三錠給し、工部が近くの家を選んで住まわせた。当時これを栄誉とした。
  • 周述はかつて北巡に扈従し、累進して左春坊諭德となった。
  • 仁宗が即位すると皇太子に従って南京の陵に詣でるよう命じられ、召されて榻の前に至り、儲君を匡正輔弼する方法を問われた。答えは帝の意にかなった。
  • 宣宗の時、左庶子に進み、正統の初め、在職のまま没した。

周孟簡――附伝

  • 孟簡は翰林にあること二十年、はじめて詹事府丞に移り、出て襄王府長史となった。
  • 顧問に備えるため留めるべきだと言う者があったが、帝は「朕の弟を輔けるのは、朕を輔けるよりもなお勝る」と言った。
  • 周述は温厚簡静で、荒い言葉やあわてた顔色を見せたことがなく、文章は雅で豊かであった。孟簡は謙遜して功を誇らず、生涯人に恨みを買うことがなかった。ともに世に重んじられた。