明季南略堵胤錫始末 崇禎十七年 1644年

縫甲泣

  • 甲申の年、黄州で兵備にあたっていたある人物が、崇禎帝殉節の報に接し、深夜、甲冑を仕立てさせながら眠れぬまま「縫甲泣」と題する詩を詠んだ。二百八十年の国運が尽きた嘆きと、生きながらえる身の恥じらいを歌い、刃を身にまとうより先に心にまとうべきと自らを戒める内容であったと伝わる。