皇清開國方略太祖髙皇帝 辛亥年 1611年
婚姻の援助
- 国中の未婚者に妻を配し、貧しい者には帑金を与えて自ら娶らせるなど、太祖は民の婚姻を支援した。
烏爾固辰・穆稜二路の平定
- 窩集部の帰順者僧額・尼喀哩が太祖から賜った甲を烏爾固辰・穆稜二路の兵に奪われた事件を受け、太祖は招撫を試みたが応じず、七子阿巴泰・費英東・安費揚古が千の兵で両路を攻め、千余人を捕虜とした。
扎庫塔城の攻略
- 東海呼爾哈路の帰順者扎庫塔人が太祖から賜った甲を黒龍江の窩集部民の的にして射た上、烏拉貝勒布占泰の招誘に応じたことが発覚。太祖は額亦都・何和哩・扈爾漢に二千の兵を与えて扎庫塔城を攻めさせ、三日で落城させて千人を斬り二千人を捕虜とし、近隣の路長図勒伸・額勒伸も五百戸を率いて帰順した。