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皇清開國方略
太祖髙皇帝 丙申年 1596年
布占泰の送還と烏拉国主擁立
捕虜として四年間養われていた布占泰を、太祖は大臣図爾坤・煌占・博爾寛・斐揚占に送らせた。途中、烏拉貝勒滿泰父子が民家の婦人を凌辱し夫らに殺される事件が起き、布占泰帰国後には叔父興尼雅との後継争いも生じたが、護送の大臣らが防いで興尼雅を退け、布占泰を烏拉国主に立てた。
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