高士傳卷三 鄭玄

出自と学問

  • 鄭玄は字を康成といい、北海高密の人である。八世祖の崇は漢の尚書であった。玄は若くして学問を好み、身の丈は八尺余り、眉目秀麗で姿は堂々としていた。『孝経』『論語』を学び、あわせて京氏・公羊の『春秋』、三正暦、『九章算術』、『周官』、『礼記』、『左氏春秋』にも通じた。

何進の礼と辟召の拒否

  • 大将軍何進が玄を招いたとき、州郡が強く勧めたため、やむを得ず赴いた。進は机と杖を用意する礼をもって玄を待遇したが、玄は幅巾姿で進に会い、一晩泊まっただけで逃げ去った。
  • その後、公府から前後十数回招聘されたが、いずれにも応じなかった。