高士傳卷三 任棠
出自と教授
- 任棠は字を季卿といい、若くして奇節があり、『春秋』を教授し、身を隠して仕えなかった。
太守寵參との無言の教訓
- 寵參(龐參の誤りか)が漢陽太守となって赴任すると、まず任棠の家を訪ね、待った。棠は言葉を交わさず、ただ韭(にら)一本と水一盂を戸口の屏の前に置き、自らは孫を抱いて戸の下に伏していた。
- 主簿はこれを傲慢だと申し立てたが、参はその意味を考え、しばらくして「棠が水一盂を置いたのは太守に清廉であれと諭す意味、韭一本を投げたのは強豪の一族を挫けと諭す意味、孫を抱いて戸口に当たったのは門戸を開いて幼い者を憐れめと諭す意味だ」と言った。
- ついに参はそのまま去り、何も言わなかった。詔で徴されても応じず、没すると郷人はその姿を絵に描き、今なお任徴君と称えている。