高士傳卷三 王霸

出自と節義

  • 王霸は字を儒仲といい、太原広武の人である。若くして清節を立てた。王莽が帝位を簒奪すると、冠帯を棄てて官途との交わりを絶った。

出仕とその態度

  • 建武年間、尚書に召されると、拝謁の際に自らの名を名乗り「臣」とは称さなかった。役人がその理由を問うと、霸は「天子にも臣としない者があり、諸侯にも友としない者がある」と答えた。
  • 司徒の侯霸が地位を儒仲に譲ろうとしたが、旧梁令の閻陽が彼を誹謗して「太原の風習は徒党を組みやすく、儒仲もその風がある」と言ったため、この話は立ち消えとなった。

晩年

  • 病により郷里へ帰り、隠居して志を守った。茅葺きの粗末な家に住み、たびたび徴されても応じず、天寿を全うした。