高士傳卷二 莊周

楚の招聘を拒む

  • 莊周は宋の蒙の人。若くして老子を学び、蒙県の漆園吏となったが、やがて世を捨てて仕官しなかった。王侯貴人もその器量を用いることができなかった。
  • 楚の威王が大夫を遣わし百金で招こうとしたとき、周は濮水で釣りをしながら竿を手放さず、「楚には死んで二千年になる神亀があり、布に包まれ廟堂の上に大切に祀られていると聞く。この亀は死んで骨を貴ばれるのと、生きて泥の中で尾を引きずるのと、どちらを望むだろうか」と問うた。大夫が「泥の中で尾を引きずる方でしょう」と答えると、周は「では帰るがよい。私はまさに泥の中で尾を引きずっている最中だ」と応じた。
  • また千金の礼で宰相に迎えようとする者があったが、周は「郊祭の犠牛を見たことがあるか。錦繍を纏わせ豆殻で肥やしても、いざ太廟に引かれるとき、粗末な子豚に戻りたいと願っても叶わない」と答え、生涯仕官しなかった。