高士傳卷一 庚桑楚
出自
- 庚桑楚は楚の人。老聃の弟子で、その道を偏って会得し、北の畏塁山に居を構えた。
畏塁の民との問答
- 居を構えて三年、畏塁は大いに豊かになった。土地の民は「あなたが来た当初は違和感を覚えたが、いま日々の勘定では足りず年ごとの勘定では余りがある。聖人に近いのではないか。祭って崇めたい」と語り合った。
- 庚桑楚はこれを聞いて南を向いたまま浮かない顔をした。弟子が怪しむと、庚桑楚は「春の気が発すれば百草が生じ、秋になれば実る。これは春秋がそうさせるのではなく天道が既に行われているからだ。至人は堂々とした部屋に居ながら民は騒がしくどこへ向かうかも知らない。今この畏塁の民が私を賢人として祭ろうとするのは、私が人目を引く杓(ひしゃく)のような者になってしまったということだ」と答え、老聃の教えに従いきれなかったことを嘆いた。