高士傳卷一 老子(李耳)
出自
- 老子李耳は字を伯陽といい、陳の人。殷代に生まれ、周では柱下史(記録官)を務めた。精気を養うことを好み、人と交わっても施しはしなかった。のち守蔵史(書庫の管理官)に転じた。
- 在任は八十余年に及んだという(『史記』は二百余年とする)。当時の人は彼を隠君子と呼び、諡は聃。
孔子との対面と出関
- 孔子は周に至って老子に会い、その聖人たるを知って師事した。
- のち周の徳が衰えると、老子は青牛の車に乗って秦へ去った。西の関を過ぎる際、関令の尹喜が気配から聖人の来訪を察して出迎え、強いて著述させたのが『道徳経』五千余言である。道家の宗とされる。
- 年老いていたことから、その書は『老子』と呼ばれるようになった。